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 方夕・本文サンプル・キリノ
 「ケンカップルの恋愛事情」

 

「……にぎゃっ!」

 その声に、思わず方淵は愛撫の手を止めた。
寝台の上は二人分の体温と、情欲の熱気で暑い。見つめあうが、あまりの空気の重さに夕鈴は背筋を震わせてしまう。
「はっ、ぇ、…あ……、ご、ごめん…」
 朦朧としかけていた意識が、急激に冷やされて現実に戻ってきたようだった。
 弱弱しい声に、夕鈴本人が沈んでいく。
 胸を揉んでいた方淵の手が離れる。ため息が漏れた。「夕鈴…」
 風呂上りでわずかに湿った長い黒髪が揺れている。
「色気が無いにもほどがあるだろう…」
 今日が削がれたと全身で訴えるような声音に、普通なら怒るのが夕鈴だったが…状況が違った。
 今夜は、初めて二人で過ごす夜だった。
 お互い緊張の中で衣服を取り払って。
 ぎこちない口付けを交わして。
 言葉もなく、指を絡めて。
 心臓がせわしなく動き、悲鳴を上げ、今にも口から飛び出しそうになって…愛撫の海に溺れだした矢先に、夕鈴の口から飛び出した声。
 方淵の深いため息に、聞いてはいけないと思いつつも、夕鈴は縋る。
 だって。だって。
「じゃあ、色気がある声、知ってる…の……?」
 色気がないにもほどがある、なんて、比較対象を知っているような口ぶりだ。
 二人の間に沈黙が満ちる。方淵の表情はカチンと凍っていた。
「方淵…?」
「……もう寝ろ」
 …は? 
 夕鈴の怪訝な反応を無視して、方淵が寝台から離れる。無言で服を着始めたので、慌てて飛びついた。「ちょっ」
「ちょっと、方淵?」
「やる気がないなら寝ろ。私は別に強姦魔の趣向はない」
「はあ?いいから質問に答えなさいよ。色気がないのは自覚しているけど、そういう私を選んだのはアンタであって…」
 …言っていて自分でむなしくなってきた。が、夕鈴もここで黙るわけにもいかない。
 方淵はすがり付いてきた腕を丁寧に外すと、身支度を完全に整えてしまう。本当にこのまま帰るつもりなのだ。
「…今夜はもうそういう気分になれない」
「アンタねえ!女の一世一代の覚悟をなんだと…っ!男の勝手も大概にしなさいよ!」
「勝手具合ではお前の方が数段上だ!」
 引くに引けなくなって、夕鈴も寝台から離れて着替えた。先ほどの甘い空気をすべて追いやるように扉を開け放つ。
「わかりました!さよーなら、柳方淵殿っ!帰り道にはお気をつけて!」
 後宮の妃の部屋からそそくさと帰る方淵の姿を、しばらく夕鈴は見つめたままだった。
 ああ、どうしてこうも、うまくいかないのか。
 二人が恋人になって、もう、長い時間が経過していた。



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