――花が綺麗………。
春の陽射しはやわらかく夕鈴の身体に降り注いでいる。外の空気はまだ時折冷たいが、春が来るのだ、と感じる。
先日、春の宴は終わった。
色々あって、宴の責任者を任命することになり、彼らの仲裁にあわただしい日々を過ごした。宴は予想外の出来事がありつつも、表面上は滞りなく行われ、終了した。
――あっという間だったなぁ………。
バイト妃な以上、割と他の人物と関わらないようにしていたから、こんな風に関われるとは思わなかった。
――楽しんでもらえてはいなかったみたいだけど……。
頑張ったけど、頑張りが足りなかったのかもしれない。
そう思うと、春の訪れを告げる桜の花も夕鈴の心をはしゃがせない。でも花は好きで、罪はもちろんないのでこうやってぼんやりと見に来てしまうのだけど。
あの日。
春の宴が終了した夜、黎翔と二人の夜の時には「春にはまだ早い」と云っていた。宴の終焉の挨拶は春が来た、と本当にそう思わせるような声で告げていたのが、嘘のようだった。
――ううん、春が来ていないと思っているのが、本当かも………。
狼陛下は演技だから、あの二人の夜の黎翔が本当なのだろう。夕鈴は数日庭を見つめながら、結論を出した。
――胸が、苦しい。
どうすれば喜んでもらえるのだろう。確かに雇ってもらう身の偽りの妃だけど、他に本当の妃がいるわけではないから、少しでも狼陛下の役に立ちたいのに、どうしても空回ってしまう。
夕鈴は桜に目を移す。あの日は少し咲き始めくらいだったのが、今は満開に近い。
――あの日、陛下の後ろにあった桜は、まるで雪みたいだった………。
淡い薄桃色の花はまぶしい陽の中では時折白く見える。他の種類の桜はもう少し色が濃いが、王宮内はこの種が一番多い。夕鈴も桜といえばこの種類を思い出す。
――消えない雪…………。
切なげに空を見た黎翔の瞳にはいったいなにが映っていたのだろうか。この時期もまだ雪だったという、幼い頃過ごした場所だろうか。
否、それだけではないような気がする。
黎翔の背後の花が雪に見えた――それは彼の言葉を、夕鈴がそういう風に捕らえたからかもしれない。
恋慕う人ではなく、黎翔と自分の雇用関係である夫婦に近づくために、夕鈴は考え続けている。
――なにが出来るんだろう………。
まだ咲き誇る桜でも、風に揺られていくつかは舞うように、幹を離れる。その様を見ながら、夕鈴は何度か手を伸ばすが、空中に舞う花を捕まえるのは難しい。
「まるで、陛下のようね………」
手を伸ばせば届きそうでも掴もうとすると逃げられてしまう。雪は掴めば手の熱で溶けてしまうから、そういう意味ではこの花の方が彼の印象に強いのかもしれない。
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